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新人編集員、美人画研究会へ迷い込む

  • 5月12日
  • 読了時間: 4分

更新日:5 日前

ニュースレターの編集員になって約一年。正直なところ、編集員らしい活躍ができた実感のない日々が続いています。そんな折、美人画研究会にお誘いいただき、編集メンバーのみなさんにもお会いできるとのことで、2026年4月12日(日)江東区・森下文化センターで開催された第38回に参加してきました。開催報告はすでに公開されていますから、ここでは少し違う角度から、私が持ち帰った問いを中心に書いてみます。


1)賛否より切実さを感じたAI談義


まず1つ目のテーマは「現在のAIが対応できることとまだ対応できないこと」と題し、美人画制作と画像生成AIについての発表と質疑応答でした。


まず印象に残ったのはAI利用への立場の多様さでした。懐疑的な方、危機感を持っておられる方、絵画制作にどう取り入れられるかを試行錯誤している方、そして「取り入れないわけにはいかない」教育現場の中で工夫されている方。単なる賛成/反対の二択ではなく、それぞれの生活や制作、指導の現場の切実さが、立場の違いを形づくっていました。共通していたのは、現在のAIの拡大をもはや無いことにはできない、という静かな認識でした。だからこそ、皆さんが自分の足場からAIを捉え直そうと真剣に向き合っておられたのだと思います。


私自身、問われているのは「使う/使わない」ではなく、「AIを使った作業のどこまでを自分の創作として引き受けるのか」という態度の問題なのかもしれない、と感じました。


2)戸惑いながらも「母なるもの」を考えてみた


もう一つのテーマは「母なるものをイメージする美人画を描く」というクリエイティブ作品発表でした。

どれも素敵な作品だったのですが、私には皆さんが持ち寄った作品の多くに共通するイメージがあるように思いました。


「包み込む」「優しさ」「丸み」


私は正直、そこで少し戸惑いました。母性がしばしば「柔らかさ」「受容」「包摂」といったイメージと結びつけられてきたのは理解できます。しかし、それだけが「母なるもの」なのか、という問いも同時に立ち上がりました。中学2年生の息子がいる私には、乳幼児期の育児の記憶が今も生々しく、現在進行系で育児の難しさに直面しています。穏やかな表情で包み込む母親像と自分自身との乖離の大きさが目に見えるようで、このテーマの間ずっとソワソワしてしまいました。


少し異なる作品として、大河ドラマ『どうする家康』(2023年)に登場する人物を描いたイラストがありました。険しい表情に燃え上がるような背景が特徴的で、「母なるもの」の別の側面を表現しようとしていたように思います。ドラマを観ていない私には背景の文脈まで共有できなかったのが残念でした。



一方で、ソワソワしながらも気になった話題がありました。宗教と「母なるもの」の表象の比較です。聖母マリア像を繰り返し描いてきたカトリックの伝統は美術史の中でも大きな位置を占めており、私たちが図像として目にする機会も比較的多いように感じます。一方、会場では仏教における女性の偶像表現についての発言があり、そこから話が広がっていきました。観音像などに女性的な表現が見られるものの、そのあり方は地域や時代によってさまざまで、「母なるもの」と単純に結びつけて整理するのは難しそうです。さらに、イスラム圏では一般に宗教的文脈において具象的表現が抑制される傾向があるとも言われています。


古代の木製仏像3体が暗い洞窟内に並び立つ。蓮の花を手にし、穏やかな表情で静寂を感じさせる雰囲気。背景に壁画。
生成AIGeminiで「仏教的観音像」とプロンプトを入力することで生成された画像

思い起こせば「母なるもの」の表現は、いつもどこか聖母マリア像的です。私たちの「母なるもの」のイメージは、西洋的・キリスト教的な視覚文化の影響を少なからず受けている、と考えることもできるでしょう。しかし、私の内側では小さな私が腕を振り回しながら、「それは私の母性とは違う~!」としきりに叫んでいます。滑稽ですが、本当のことなので仕方ありません。

洞窟の中で女性が幼い子供を抱きしめ、側に小さなライオン。背景には城と川、花が繁茂し、平和な雰囲気です。
生成AIGeminiで「カトリック的聖母像」とプロンプトを入力することで生成された画像

では私なら、「母なるもの」をどう表現するかと考えてみました。 守る/守られる、与える/受け取る、包む/突き放す、育む/離す——実際の母性の実践には、相反する力が同居します。優しさの隣には苛立ちがあり、抱擁の隣には拒絶があり、豊かさの隣には欠如がある。そうした「揺らぎ」ごと描けないかと思います。私にとって母性とは、生物学的な役割というよりも、関係性の中で立ち上がる責任や感情の複合体なのかもしれません。その感覚を表現するには、聖母マリア像はあまりにも美しすぎる、と感じました。


「母」というテーマは、どうやら私にとっての急所のようです。子を持つ以上、母親であることから完全に距離を取ることはできず、「母」がテーマとして俎上にあがれば、おのずと当事者として引きずり込まれてしまい、純粋に観察することが難しくなります。

そうした自分のあり方と、そこに生じる「揺らぎ」をあらためて引き受けることになった一日でした。


3)次回も楽しみ


次回のテーマはネタバレになるため書けませんが、これもまた大変興味深いと思いました。どんな作品が生まれるか、今からとても楽しみにしています。

*サムネイルの画像は、生成AIGeminiにて、この記事の文章を読み込ませ、適したサムネイル画像として生成された画像です。

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